●高尾山薬王院

真言宗智山派大本山である高尾山薬王院有喜寺(やくおういんゆうきじ)は、

成田山新勝寺、川崎大師平間寺と共に、
関東の三大本山の一角を占める名刹(めいさつ)です。

京王高尾線の終点高尾山口駅下車徒歩1分。

駅

駅からすぐ近道を行くも良し。すぐ前の川を渡って、

甲州街道から参道を歩いて行くのも良し。


1~2分で高尾登山電鉄のケーブル駅に着く。

ケーブルまたはリフトに乗って行くのが早道。

寺伝によると、千二百五十有余年前、
奈良時代、天平十六年(七四四)聖武天皇の勅願(ちょくがん)により、
行基菩薩が自ら薬師如来の尊像を刻み、
安置して東国鎮護の霊場として、高尾山を開基されたとあります。
また、弘法大師(空海)の巡錫も伝えられ、
弘法大師御作と伝えられる不動明王像や、
御大師様が一夜を宿られたという岩穴・岩屋(いわや)大師が現存します。

更に寺伝は、南北朝時代、永和年間(一三七五~七六)に、
京都・醍醐山より俊源大徳(しゅんげんだいとく)が入山し、
高尾山中において勇猛精進し、
不動明王の御宝前で真言密教の秘法・八千枚の護摩供を修して、
飯縄大権現(いづなだいごんげん)を感得したと伝えております。
さらに縁起文には、飯縄大権現の御本誓を(一)には向背(こうはい)に火焔(かえん)を負い、
左右の御子に剣と索(さく)とを持てるは不動明王の御本誓を現わし、悪魔を退治し、慈悲の智慧を以て種々の煩悩病苦を焼き尽くし、(二)には歓喜天の心を抱きて求る所の利益を施し、(三)には鴟啄(くちばし)と羽翼(つばさ)ある鳥の姿は迦桜羅天(かるらてん)の飛行自在の徳を表し、(四)には白狐に乗って荼枳尼天(だきにてん)の福を授く、(五)には白蛇を頂くは宇賀神(うがじん)の宝珠と、弁財天の愛嬌(あいぎょう)を与え給うなりと五相合体(ごそうがったい)を説き示しております。
以後、高尾山は飯縄大権現を御本尊として奉祀し、俊源大徳をもって高尾山中輿の祖としております。
戦国時代には、武田信玄、上杉謙信も共々に飯縄大権現を信奉し、
中でも当地の領主でありました、北条氏康・氏照親子の信仰は深く、高尾山への寺領の寄進、
当時の祭礼についての山内での諸注意をはじめ、戦争の時、薬王院に対する軍勢の規律を定めた制札等が現存しております。
特に天正六年(一五七八)の北条氏照の文書には「高尾山内の竹林一草たりとも、
みだりに伐った者は首を切る」と厳罰を示すものが残されております。
これは戦略上の問題もありましたが、
山内を保護しようとする厚い信仰心からでたものでありました。
これが計らずも、今もなお緑の豊かな高尾山の自然を守る大きな要因となっております。

徳川家康の代になっても、
その代官として著名な大久保長安により、
引継がれたことが、やはり現存する文書で判るのであります。
そして江戸時代には、しばしば江戸市中に出開帳を繰り返し、
霊山霊場として、高尾山は多くの庶民信仰を集めてまいりました。
そして現在、年間三百万人にも及ぶ参拝者を迎えているのです。(高尾山薬王院HPより抜粋引用)

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